Monday, 16 February 2026

ヨーロッパの天然ガス供給

 ヨーロッパへの天然ガス供給


ヨーロッパの天然ガス供給は、歴史的にパイプライン、海上LNGルート、そして地域生産からなる複雑なネットワークに依存してきた。数十年にわたり、東部からのパイプライン輸入が中心的な役割を果たし、ノルウェーと北アフリカは北部と南部の回廊を通じて大量の供給を行ってきた。


近年、供給の多様化は戦略的優先事項となっている。国際市場からの液化天然ガス(LNG)輸入、欧州諸国間の新たな相互接続、そして拡張された貯蔵インフラは、ヨーロッパ大陸のエネルギー地理を再構築している。


その結果、単一供給源のパイプラインへの依存から、安全性とレジリエンス(回復力)を強化するために設計された、より柔軟でネットワーク化されたエネルギーシステムへの移行が進んでいる。

Thursday, 12 February 2026

第二次世界大戦後のドイツ分割

 第二次世界大戦後、ドイツはソ連、アメリカ、イギリス、フランスの4つの占領地域に分割されました。同時に、ドイツは広大な東部領土を失い、ポーランドとソ連に移譲されたため、国の国境は劇的に西方に移動しました。

一時的な占領だったはずのこの状態は、すぐに冷戦の境界線へと変わりました。1949年、西部の占領地域は西ドイツ、ソ連の占領地域は東ドイツとなり、ベルリンは東ドイツに分割されました。この分断は、1989年のベルリンの壁崩壊と1990年のドイツ再統一まで続きました。

Tuesday, 27 January 2026

中目黒とは?

 連載『東京偏見散歩』、本文より

その1

連載『東京偏見散歩』、本文より

「芸能人の街」というイメージが強い中目黒。今や日本のトレンド発信地だが、住民たちは「そんなおしゃれタウンじゃないし、意識の高い街でもないんだけどな……」と戸惑いがちだという。このギャップはなぜ生まれたのだろうか。

「中目黒に住んでるの?おしゃれだね」→住民「そんなことないんだけどな…」はなぜ起きる?「おしゃれタウン」中目黒の意外な実像

https://toyokeizai.net/articles/-/930812

その2

「芸能人の街」というイメージが強い中目黒。今や日本のトレンド発信地だが、かつては「工業地帯」として東京を支えた、もう一つの顔があった。

中目黒は「誰にでも住みやすい街」ではない…「芸能人の街・ナカメ」の裏側にある意外にシビアな生活条件

https://toyokeizai.net/articles/-/930813

Friday, 23 January 2026

アラル海の干上がり

 アラル海(国境線の北がカザフスタン、南がウズベキスタンのカラカルパクスタン自治共和国)の干上がりによる縮小、1960年頃からアラル海へ流入するシルダリア川とアムダリア川から流入量が、途中の灌漑目的の取水のため減少し水位を維持できなくなった。

地図上のムイナクは漁港だったが、今は干上がり砂漠となり漁船の墓場と化している。2009年、タシケントからヌクスまで定期便で行き、車でムイナクまで行った。

遡ること1996年1月、ウルゲンチからMi2ヘリコプターをチャーターして視察を企画、搭乗して飛び立つ直前にブリザードでフライトが中止になったことがあった。その時は缶詰工場のあったアラル海の島にも着陸する計画だった。

https://www.facebook.com/reel/25538727315776768

ブルガリアのトルコ系人口

 ブルガリアの県別トルコ系住民(2021センサス)、全国平均で7.8%、トルコ系住民が多いのは東北地方の4県Razgrad(47.8%), Silistra (35.7%), Targovishte, (34.9%), Shumen (29.2%)と南部の1県Kardzhali Province (59.0%)である。このドナウ川を挟んでルーマニアと対峙する地域の偏りはオスマン帝国の国防的歴史的な経緯があったのではないかと推察される。若しくは、ブルガリア独立後の産業構造に由来なのか、情報が不足し推測の域を出ていない。

冷戦構造の崩壊と東欧の民主化に伴いトルコ系住民はトルコへ帰還する動きもあったが1992年9.4%、2001年9.4%、2021年7.8%と2000年以降に低下、これは移住の影響ではなく自然減と考えられる。ソ連時代の1965年9.5%、1975年8.5%とも大きな増減は見られない。

ブルガリアの少数民族は、多い順にトルコ人、ロマ、アルメニア人、ロシア人などである。

地図はfb、数値はwiki。



Wednesday, 21 January 2026

2026年1月のシリア暫定政府軍のSDF支配地域への進軍背景とその判断枠組み

2026年1月のシリア暫定政府軍のSDF支配地域への進軍背景とその判断枠組み 

1. 背景:2025年3月の合意とその実施遅延

2025年3月、シリア暫定政府(Ahmed al-Sharaa暫定大統領)は、SDFと北東シリア全域を政府管理下に置き統合する枠組み合意に署名していた(中央政府管理・油田・国境管理の統合など)。

この合意は 「政治的統合を通じた主権回復」 を大前提としており、政府軍がSDF地域に入る法的・政治的根拠として機能するはずでした。

しかし、合意の実施は進まず、指揮系統や統合条件、自治権の扱いなどでSDF側の不満と政府側の要求の間に溝が残っていた。


2. 判断基準①:合意の実行のための圧力と期限

政府軍による前進は、「合意を実行するための戦術的圧力」として計画的に行われた

  • 2026年1月中旬、SDFとの統合合意の履行が進まない状況に対して、政府は軍事的進出を開始。

  • この動きは単なる野戦攻撃ではなく、**合意履行と統合プロセス進展のための圧力戦術(enforcement mechanism)**として位置づけられました。

これが、政府軍「進軍」の大前提でした。


3. 判断基準②:戦力・領土支配の見直しとFighting Capability

進軍が単なる象徴ではなく、実際の戦線変動を伴った理由として次が挙げられる:

  • SDFは戦力と士気の低下、戦線の膠着と崩れを経験していた。これが政府側にとって、実力行使の機会として「踏み切る判断材料」になった。

  • 政府側はSDF地域から重要インフラ(油田・ガス田・主要都市・国境地帯)を確保することで、政治的・経済的基盤の強化を狙った。


4. 判断基準③:外交・国際関係の変化

進軍開始時点で重要だったのは、国際的な支持基盤の変化です。

  • 米国をはじめ一部の国々が、SDFを優先する政策から「シリア暫定政府との関係強化」へシフトしているとの動きがあった。
    *米国特使はSDF統合の機会と評価しつつ、長期支援を縮小する姿勢を示した。

この変化は、政府軍の進出に対する国際的な抑制力が相対的に弱まった状態を意味し、進軍判断の下支えとなったと考えられる。


5. 判断基準④:交渉カードとしての軍事的優位性

政府側は進軍と同時に停戦・停戦合意に向けた交渉も進めました。

  • 1月18日にはSDFとの包括停戦・統合合意が公表され、交渉枠内での前進・調停を図る流れになっていいる。

  • これには、軍事的優位を交渉カードとして使う判断が読み取れる。

つまり、軍事進出は「力の誇示」ではなく、政治交渉と合意の実現を促すための計算された展開だったのです。


6. 判断基準⑤:治安・管理責任

シリア政府は、SDFが管理していた刑務所や拘留施設(IS関連含む)での混乱が治安リスクを招いているとの立場も示した。

この点は、治安責任を中央政府が回収すべきという判断にも影響を与えている。


結論:総合的な判断基準

2025年末〜2026年1月にかけてのシリア政府軍の進軍は、単一要因ではなく複数の判断基準が組み合わさったものです:

  1. 既存合意の履行圧力としての軍事行動

  2. SDF戦力・支配力の相対的低下

  3. 国際的支援・関係変化による戦略的余地の拡大

  4. 交渉カードとしての軍事優位確保

  5. 治安維持・管理責任の回収という政府の公式判断

この全体像を「現実的な政治&軍事判断」として捉えることができる。