ブルガリアの1996年通貨危機は、単発の事故というより「移行期の歪みが一気に噴き出した」タイプの危機です。背景を整理すると、だいたい次の流れになります。
① 社会主義から市場経済への“失敗した移行”
1989年に社会主義体制が崩壊した後、ブルガリアは市場経済へ移行しましたが、
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国営企業の民営化が遅れ、しかも不透明
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競争力のない企業が延命され続けた
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政治と企業・銀行の癒着が強かった
結果として、非効率な経済構造が温存されました。
② 銀行危機:不良債権だらけの金融システム
1990年代前半、ブルガリアの銀行は
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政治的配慮による融資(実質的な補助金)
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回収不能な不良債権の山
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監督機関の機能不全
という状態でした。
1996年に複数の銀行が実質破綻し、国民の信用が一気に崩れます。
③ 財政赤字と「紙幣を刷って埋める」政策
政府は、
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赤字企業の救済
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銀行の穴埋め
を続けるため、中央銀行に国債を引き受けさせる=通貨発行に依存しました。
これがインフレを一気に加速させます。
④ ハイパーインフレと通貨暴落
1996年後半〜1997年初頭にかけて、
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レフ(当時の通貨)が急落
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年間インフレ率は300%超
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給料が出ても翌週には価値が激減
パンを買うために給料を即日使い切る、というレベルでした。
⑤ 政治不安が追い打ち
当時の社会党政権は危機対応に失敗し、
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大規模デモ
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内閣崩壊
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行政の麻痺
が発生。**「政府が信用されない → 通貨も信用されない」**という悪循環に陥りました。
⑥ 解決策:カレンシーボード制の導入(1997年)
危機を止めた決定打がこれです。
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レフをドイツマルク(後にユーロ)に固定
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中央銀行が勝手に通貨を刷れない制度
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IMF主導の厳格な財政規律
結果として、
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インフレは急速に沈静化
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通貨への信認が回復
という「荒療治」が効きました。
まとめ(超要点)
1996年のブルガリア通貨危機は、
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体制転換の失敗
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政治と銀行の癒着
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不良債権+財政赤字
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通貨増刷によるハイパーインフレ
が重なった構造的危機でした。
そしてそれを止めたのが、主権を削ってでも安定を取るカレンシーボード制だった、というわけです。
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