Monday, 2 February 2026

1996年のブルガリア通貨危機とカレンシーボードの導入

 ブルガリアの1996年通貨危機は、単発の事故というより「移行期の歪みが一気に噴き出した」タイプの危機です。背景を整理すると、だいたい次の流れになります。


① 社会主義から市場経済への“失敗した移行”

1989年に社会主義体制が崩壊した後、ブルガリアは市場経済へ移行しましたが、

  • 国営企業の民営化が遅れ、しかも不透明

  • 競争力のない企業が延命され続けた

  • 政治と企業・銀行の癒着が強かった

結果として、非効率な経済構造が温存されました。


② 銀行危機:不良債権だらけの金融システム

1990年代前半、ブルガリアの銀行は

  • 政治的配慮による融資(実質的な補助金)

  • 回収不能な不良債権の山

  • 監督機関の機能不全

という状態でした。
1996年に複数の銀行が実質破綻し、国民の信用が一気に崩れます。


③ 財政赤字と「紙幣を刷って埋める」政策

政府は、

  • 赤字企業の救済

  • 銀行の穴埋め

を続けるため、中央銀行に国債を引き受けさせる=通貨発行に依存しました。
これがインフレを一気に加速させます。


④ ハイパーインフレと通貨暴落

1996年後半〜1997年初頭にかけて、

  • レフ(当時の通貨)が急落

  • 年間インフレ率は300%超

  • 給料が出ても翌週には価値が激減

パンを買うために給料を即日使い切る、というレベルでした。


⑤ 政治不安が追い打ち

当時の社会党政権は危機対応に失敗し、

  • 大規模デモ

  • 内閣崩壊

  • 行政の麻痺

が発生。**「政府が信用されない → 通貨も信用されない」**という悪循環に陥りました。


⑥ 解決策:カレンシーボード制の導入(1997年)

危機を止めた決定打がこれです。

  • レフをドイツマルク(後にユーロ)に固定

  • 中央銀行が勝手に通貨を刷れない制度

  • IMF主導の厳格な財政規律

結果として、

  • インフレは急速に沈静化

  • 通貨への信認が回復

という「荒療治」が効きました。


まとめ(超要点)

1996年のブルガリア通貨危機は、

  • 体制転換の失敗

  • 政治と銀行の癒着

  • 不良債権+財政赤字

  • 通貨増刷によるハイパーインフレ

が重なった構造的危機でした。
そしてそれを止めたのが、主権を削ってでも安定を取るカレンシーボード制だった、というわけです。



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